人生音痴

新婚生活。迷子になるから、手を引いていてね。

人生音痴

この間の記事がきっかけで、フォロワーさん以外にも記事を読んでいただいているようで。
はてなブログの仕組みが分かっていないので、ご無礼等あったらすみません。

 


わたしがいまメインで楽しんでいるインターネットサービスは、Twitterと、特に他人との交流を必要としないスマホゲーム、それにウェブ検索くらいのもので、中でもTwitterは毎日電池消費量トップに君臨している。

 

Twitterが好きだ。何気ない一言へのレスポンスが多いし、早い。考え方が近い人と出会うことができるし、その人たちが毎日なにを考えているのか、どんな日々を送っているのかを、ひとつの画面を追うだけで知ることができる。
ブログは、あくまでもTwitterの補完のつもりでいる。140字、もしくは連投しても邪魔にならなそうな3ツイート程度より長くなりそうな文章を別のコンテンツに残していこうと思っている。

 


このブログを作るとき、ブログのタイトルという項目が必須になっていて、「そうか、ブログにはタイトルが必要なのか!」と新鮮な驚きがあった。

 

Twitterはタイトルを持たない。
自己紹介の欄にタイトルめいた言葉を入れるアカウントもあるが、「タイトルを入力せよ」と求められることはない。

インスタグラムやフェイスブックも、タイトルは必要としない。ゲームも、ウェブ検索も、毎日の会話や生活や夕飯の献立だって。


なにかをまとめて、ひとつの言葉、そしてできれば目を引くキャッチーな言葉に落とし込むという作業が久しぶりで、まずそこでブログ開設を挫折しそうなくらい悩んでしまった。


散々唸って出て来た言葉が「人生音痴」

結局、何千何万もの人が使ったことがあるであろう手垢にまみれた言葉をタイトルにしてしまった。


前回の記事に少し書いたが、わたしは割と順風満帆な人生を送っているように見える。
健康に生まれ、大きな病気も怪我もせず、順調に学歴を重ね、就職、結婚。

そんな項目だけ書き連ねれば、波風立てず、平々凡々と生きてこられた、と感じるのだが、振り返ってみると生き方がすごく下手くそだな、と反省することが多い。

そう、方向音痴なのだ。人生において。

 

わたしはいつだって方向音痴で、家の近くだろうと行きたい場所への地図が頭に描けず、いつまでも道は覚えられず、スーパーでレジを済ませてふと目をあげると出口がどこだか分からない。もちろん地図は回さなきゃ読めないし、回したところで自分がどこに立っていてどこに向かうのか見つけるまでに時間がかかりすぎる。

 

人生もそんな感じなのだ。
行く先がぼやけて見える、踏み出した足は反対方向、ひとつ達成したところで戻ればいいのか進めばいいのか検討もつかず立ちすくむ。周りに人が歩いていれば同じ方向に進むことはできるが、好きに進めと言われるとなにが正解なのか悩んで動けない。


実家にいればいいのに、思い立って実家から車で10分のところにひとり暮らしして貯金を空っぽにしてみたり、新車を買って頑張ってローンを払わなきゃいけないときに休職したり、せっかく正社員で福利厚生も手厚く、女性でも一生働ける職場に就職できたのにさっさとやめてしまったり。

 


ただ、このブログにそんな下手くそな半生を書こうと思ってこのタイトルをつけたわけでない。わたしのTwitterアカウントやこのブログのメインコンテンツは、大好きな夫とのことだ。

 


夫は道を覚えるのが早くて、地図だって読めるし、くよくよ悩まない。
夫はいつだって、地図を読めないわたしの手を引いてくれる。運転してどこにだって連れて行ってくれるし、わたしが運転していれば的確に道案内もしてくれる。

 

それは、まるでカーナビに頼るのと同じように。
最適な道かなんて分からないけど、必ず目的地まで連れて行ってくれるという信頼。

 


そう、これは、人生音痴なわたしと、いつだって手を引いてくれるはずの夫とのおはなし。