人生音痴

新婚生活。迷子になるから、手を引いていてね。

婚活のはなし

子どもの頃は、大人になれば結婚するものだと思っていた。その時が来れば自然に結婚というステップを踏むことになるのだろうと。赤ん坊が座り、立ち、歩き出すように、自然と。

 

順調に高校卒業、第一志望の大学に入学し、留年するわけでもなく、資格も無事取って卒業、正職員としての採用、入社。特別転ぶこともなければ周りに遅れをとることもなく社会に出た。


社会に出たところで、全てのタスクを完了したと思っていた。あとはこのまま平々凡々生きていけばいいと。


しかし、仕事の内容を覚え、ようやくまわりを見渡した時に気づいた。「婚活」という言葉が溢れかえっていることに。


結婚は向こうから歩いてくるものだと思っていた。
しかし、いつまで待っても足音は聞こえない。恋愛はいくつかしたが、誰か1人がわたしを唯一の人間として選ぶことなどありえないと感じるだけの、浅はかな恋愛ばかりであった。


結婚しない人生だって当然ありだ。しかし、わたしは結婚したいと思っていた。子どもも欲しい。いろいろ考えて30歳までに出産したいと。結婚して、毎日好きな人と眠る人生は、生きる意味を探す中で手にしたひとつの夢であった。


結婚は勝手に歩いては来ない。結婚するには、自分から結婚に近づいて行かなければいけないと気づいた。自分を売り込まなければいけないと。
わたしは太っていて、顔も大して可愛くなく、メイクやファッションへの興味もさほどない。あるものと言えばそこそこの愛想と愛嬌くらいのものだ。


一緒に合コンに行く仲間は年上ではあったが、みんな可愛く、ノリがよく、オシャレだった。その中で、わたしという商品の主力となる武器は、若さくらいしかなかった。


なんとしてでも、ひとつでも若いうちに結婚相手を見つけなければ。


そう気づいてからは、毎週合コンに行き、マッチングアプリに登録し、婚活イベントにも顔を出し、何度もデートを重ねた。少しダイエットし、化粧を覚え、綺麗な服やアクセサリーも買った。
幸い、男性と話すのは好きだったから、それなりに楽しくこなせていた。

 

それでもやはり、何年も実りのない合コンや特別楽しくもないデートを繰り返すと、「もう嫌だ!自己紹介なんてしたくない!週末何やってるか聞かれても困るし、向こうの趣味や仕事の話にも興味ない!」と女子会で愚痴るようになっていた。

合コンは不毛だ、もうだめだ、別の方法を考えよう、これで最後にしよう…
そう思った合コンで、夫と出会った。25歳になる誕生日の前日であった。


その日は向かいの席に話が面白い男性がいて、笑いながら相槌を打っていればいいパターンの日だった。楽だし楽しいけど、その面白い男性とどうにかなる見込みはなさそうだ。

席替えも少し狙って、トイレに席を立った。
その時、全くノーマークだった男性もトイレに続いて来たことに気付いたが、特に気にもしなかった。

 

用を足して席に戻ろうとすると、わざわざタイミングを合わせてその男性もトイレから出て来て、「飲んでる?」と声をかけて来た。

 

「今日は飲んでないです」
「そうだっけ」
「運転係ですから」
「そっか。映画、見に行こうよ」
「え?」
「さっき、風立ちぬの話ししてたから」
「いいですね」

 

連絡先を交換して、席に戻った。
「この人なに喋ってたっけ」なんて考えながら。

 

その人に恋をするなんて、そしてまさか結婚するなんて、全く気づかなかった。見た目が好みでもなければ、狙ってもいなかったし、なんなら他の人の方が良かったし、赤い糸なんて感じなかった。よく言う「ビビっとくる」こともなかった。


だけど、せっかく誘ってもらったから行ってみよう、なんて気軽に行った1回目のデートがすごく、すごく楽しかった。

 

わたしがうまく結婚にこぎつけたのは、タイミングもあるし運もあるけど、小さな理由の1つに「自分を評価して自分の価値と見合うところに落ち着ける」という部分もあったと思う。


ひとつでも若いうちに結婚する、そのために、相手のスペックに多くは望まない、デートに誘われれば行くし、合コンで知り合ったら誰かには必ず連絡をとる。

 

いい女ではないので、妥協しない相手探しや、相手の動きを待つだけの恋愛は、わたしには無理だと早くに察知していた。

 

こんなことを言うと、夫に不満があるのではと思われてしまうかもしれないが、夫のことは大好きだし、充分すぎるほど贅沢な相手だったと大満足している。

 

夫は、真面目に働くとか、贅沢は出来なくてもそれなりの収入はあるとか、見た目がストレスでないとか、わたしが最低限求めていたスペックは持っていた。
わたしは何人かとデートする中で「会話が続かない人」「2人でいるのが苦痛な人」が世の中にはたくさんいて、相性というものを実感していた。その点で言うと夫との相性はちゃんと合うことを日々感じている。
それから、好みでないと思っていた顔もよく見れば整っているし、なにより一緒にいて楽しいというのは、最初のデートを断っていたら気づかなかっただろう。

 

周りを見回すと、自分の理想にかなり近くなければデートする価値もない、とばっさり切り捨てる人たちが、「早く結婚したい」と何年も婚活に勤しんでいる。もちろん、それも1つのやり方だ。上手くいけば間違いなく幸せになれるし、無駄な時間も使わなくて済むかもしれない。

 

ただ、その理想のパートナーに見合うだけの価値が自分にあるのか知る必要もあるのだろうなぁ、と思うことも多い。


何を言っても上から目線と思われるのではないかと、臆病なわたしは本人たちには「そうなんだね」と相槌を打つことしかできないけど。

 


結婚してから、ありがたいことに、「いい旦那さんだね」「いい奥さんだね」と言ってもらえることがよくある。しかし独身時代、我々は決して「優良物件」ではなかった。出会ってから、お互いがお互いを、いい夫・いい妻に育てていったように感じる。

 

インターネットくらいでしか発揮できない上から目線で語ってみようと思う。
婚活を頑張っている誰かが、いつか誰かと出会い、幸せな夫婦になれますように、なんて。