人生音痴

新婚生活。迷子になるから、手を引いていてね。

妹キャラでいたい。

しっかりしてる、真面目だ、頼りになる、と言われ続けてきた。友達との旅行や飲み会の幹事になりやすい体質だし、面倒だが根っからの生真面目で毎回全てをやりきってしまう。長女タイプを絵に描いたような長女だ。

 

昔からずっとそうだから、上手に人に頼ることができない。先輩や上司に頼られることはあっても可愛がられない。いつだって上手に周りに甘えられる妹キャラの子を、少し妬ましく、それでも羨ましくて堪らない気持ちで見ていた。

 


夫がまだ彼氏でもなかった頃。
合コンで出会って、何度か遊びに行って、付き合う予感はあってもお互いに言い出すこともなかったとき。まだ踏み込んだ話もできず、探り探り会話をしながら、わたしたちは2人で夜の海を眺めていた。
たぶん、「あれはイカ漁船だ」「違う」「あれは伊豆半島だ」「こんなに小さくないよ」なんていう会話の中で。

 


「なんも知らねえんだな」

 


夫が、半分笑いながら、少し探るような目で、それでもいたずらを仕掛けたようなキラキラした目をして、そう言った。

 


うわあ、好きだ。

 


こんな言葉で落ちてしまった、わたしは。

いつだって教える側だったわたしが、そのひと言で、すうっと教えられる側になってしまった。

この言葉がなんだか嬉しくてたまらなくて、でもどう反応したらいいか分からなくて、ぽかん、としているうちに夫が慌てたように取り繕って笑って、つられて笑った。

 

その瞬間から、いまもずっと、わたしは夫の前ではずっと「何も知らない女の子」でいられる。

 

誰に話しても笑われるような言葉で、呆れられるような言葉で、下手するととても嫌そうな顔をされてしまうそんな言葉だけど。わたしを頼られる存在からただの甘えん坊にしてくれた。

 

妹キャラになりたい。たまには寄りかかりたい。
夫の前で許されたその瞬間から、家族や、友達の前でも少しずつ甘えられるようになった気がする。


今では同じ言葉を馬鹿にしたように言ってきて怒りたくなることもあるけど、わたしの気持ちの糸を緩めてくれた言葉は、あの日の景色や波の音と一緒に残り続け、いまでも暖かく光っている。